憧れの秘境


台風13号の接近により、南アルプス山行の計画が流れてしまった。去年のこの時期も同様に、北アルプス山行の計画が流れて悔しい思いをした。8月の第一週は、台風の特異日ならぬ特異週なのだろうか。

それはさておき。
昨日の情熱大陸にて、黒部源流にある三俣山荘の密着取材が放映された。ここの山荘を知ったきっかけは、もとを辿れば黒部ダム工事の歴史からなのだけど、黒部のことをさらに知りたくなって手にとった本「黒部の山賊」が直接のきっかけ。

この本は、三俣山荘の元オーナー伊藤正一さんが書かれたエッセイで、黒部源流の山小屋を譲り受けたが、どうやらそこには山賊が住んでいるらしい…さてどうする…というくだりから始まる。黒部源流の大自然を舞台に経営する山小屋の日常や、山賊との奇妙な暮らし、山岳遭難や山の怪…など、幅広い話題から黒部源流について触れているのが面白い。最初は、山賊なんて実在するのか…という興味本位から読みすすめたが、日本最奥の秘境と呼ばれる場所「雲ノ平」があって、そこには山小屋がある、ということに興味がシフトしていった。まだ山を登りはじめて一年経たないころのことで、その年はとにかく憧れの黒部源流に足を運ぶことを目標に山行を重ねていった。

そして、その年の夏に夢を実現しようと、黒部源流への山行を計画していたのだが、前述の台風で計画が流れてしまった。黒部源流山行には最低4日は必要なので、その年はまとまった時間がとれないから無理だろうと諦めていた。

ところが、9月の終わりに3日間の空きができた。しかもこの3日間、北アルプスは高気圧に覆われるとの予想が出ている。3日間…この行程で行くには1日10時間歩かねば辿り着かない。だけど、行くならこの時しかない、と思い切って計画を遂行することにした。単独行で初めての場所、そしてかなりのロングトレッキング。不安がないわけではなかったが、これまでの山行経験から行けると確信していた。その確信どおり、1日で新穂高登山口から三俣山荘まで辿り着くことができた。写真で見ていた、本で読んで想像していた憧れの景色が目の前にある…足を運んだものだけが見られる絶景がそこにあった。そのことが本当に本当に嬉しかった。

日本には、まだまだ知らない景色がたくさんある。そもそも、山の上に山小屋なんてあることさえ知らなかったくらいだ。足を運ぶことでしか見られない絶景。日本国内でさえ、まだ見ぬ景色が数え切れないほどあることに驚くと同時に、嬉しくて楽しくてしかたない。私は冒険家ではないけれど、冒険家というのはこんな気持なのだろうな…と嵐の前の静かな夜に想いを馳せる。

なんでこんなことを書き連ねたのかというと、Facebookのタイムラインに湯俣温泉の投稿が表示されていたから。この温泉は歩いて数時間の秘境にあるのだが、この温泉を知っていたらかなりの山好きか、秘湯好きだと思う。

原点へ

二年ぶりに訪れた、山の原点。

あの日も、そしてこの日も、訪れようとしていたわけではないのに、思いがけず導かれたという不思議。

 

山よ、ただいま。

後悔


うだるような酷暑にうつらうつらしながら作業していると、スマホが目を覚ませとばかりに何かを知らせてきた。友人からの素晴らしい報告だった。一気に目が覚めた。

その報告を聞きながら、「ああ、やっぱり今日は山に入れば良かったか」と思った。山を通じて知り合った方から、「北アに行く予定なのですが、ご一緒しませんか?」と誘われていたのだ。ふたつ返事で参加すると言いたいところだったが、来週はロケが控えている。7月に入り、週に一度のペースで山に入っていたツケが溜まっていたので、今週は仕事を片付けたり、ロケの準備をしたりするので無理は出来ない。行きたい気持ちは山々であったがお断りしてしまった。

だけど、友人の努力する姿とそれに見合う結果報告を聞いたとき、正直、山に行かなかったことを後悔すると同時に、自分に負けてしまったと思った。仕事はその気になれば片付けられたが、頭の片隅でその山行での撮れ高や、経費のことをリアルに勘定してしまったことが、山行への参加を躊躇させた。

山は行ってみないとどのような被写体に出会うか分からない。思いのほか素晴らしい出会いに恵まれることもある。友人も、やってみなければ分からない、と思って(いたであろう)挑戦した結果が実を結んだ。そうして努力している人がチャンスを掴み取る。先週、足を運んだ白馬岳は終始ガスのなかだったが、一瞬だけ日が差し、霧虹とブロッケンという美しい現象に出会えた。そう、行ってみなければ分からないのだ。

本能

この広い世界の中で、あなたは何故山を選ぶのか?それが本能だと言うのなら私のそれも、DNAに組み込まれているものなのだと思う。

山は呼ぶ


昨日、作品作りのために後立山連峰を縦走した。現在取り組んでいる作品は特定の山域をテーマにしているわけではなく、イメージに合う場所であれば正直どこでも良かった。条件としては岩稜帯であること、ガスが湧き出る天候であること、今まで登ったことのない山であること。この条件に当てはまったのが後立山連峰だった。結果として求めていたカットが撮れたのだが、今回の山行は直前まで迷っていた。出発前夜まで天気予報を睨み続ける。自宅から登山口である扇沢までは時間もかかるし、旅費もそれなりだ。天候により撮れないことのほうが余程多い。だけど、今回は山に呼ばれている気がした。そして、山は確かに呼んでいた。

運命

山に行くことについて、家族や近しい友人からはとても心配されるけど、死にに行くわけではない。そのことをある出版社の社長にお話ししたら「山は体を清めに行く場所」と仰った。個人的には、山は生と死をリアルに感じることで自分と向き合う場所だと思っている。結果的にそれは精神的・肉体的デトックス作用につながる。

山は死にに行くために登るのではないが、もし、運命というものがあるのなら、その場所やタイミングは山かもしれないし、そうでないかもしれない。普段何気なく流れてくるニュースのなかに「何故この人がこのタイミングで…」と感じることは多々にある。そこにはやはり、運命の流れを感じざるを得ない自分がいる。

自分の運命の河はどの様な流れなのだろう。

風の便り

季節の変わり目に差し掛かるころ、「そろそろ季節が変わりますよ」と風が吹く。今宵、私の住む街に風の便りが届いた。あの山の上にも風の便りは届いたであろうか。

気持ち新たに

写真家 川野 恭子 のWEBSITEをリニューアルすることにしました。

ここ数年、これまで以上に自分に向き合い、作品に向き合い、自分の生きている証を残していきたい、と強く思うようになりました。以前からそう思っていなかったわけではないのですが、どこか、自分のしっくりする居場所・被写体を探せずに時が過ぎていたように思います。

ところが、昨年訪れた北海道の十勝岳で自分が向き合うべき被写体が「山」だったと気づいた。本当に、あの景色に出会えたのは偶然だったのだけど、あれは神様の贈り物だった、と今は感じています。

日常の景色のなかから、切なく儚い瞬間を大事に切り取ってきたこれまでの作品・作風もそれはそれで大事にしつつ。これからは「山」という被写体に本気で向き合っていきたい。写真家として、さらに「世界」という山にも登っていきたい。そして、山と向き合うことでこれまで自分が重ねてきた幾つもの思いを整理し、自分の生きた証を残していきたい、そう思っています。

そして、私にしか残せない山を表現していきたい、とも。